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東京高等裁判所 昭和62年(う)773号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人村山芳朗作成の控訴趣意書及び同補充書に、これに対する答弁は、検察官村山弘義作成の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、物品税法は、課税物品として、同法一条別表第二種の物品一〇号12に「磁気音声再生機用のレコード」を掲記しているところ、製造物品を表わす「レコード」とは社会通念上、形状が「盤」であつて、多くは円盤に音声・音楽演奏その他の音の振動(音波)を外周から内周へと一連の渦巻状に記録したものであるから、本件ミュージックテープは右の「磁気音声再生機用のレコード」に該当せず、同法二条二号により不課税物品となるから、これを「磁気音声再生機用のレコード」に該当するとした原判決は、罪刑法定主義(憲法三一条)、租税法律主義(同法八四条)に違反した法令の解釈適用をしたもので、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、物品税法一条別表第二種の物品一〇号12(昭和五六年法律第一四号による改正前は一〇号7)には、「蓄音機用」「又は磁気音声再生機用のレコード」と、同号8(同改正前は同号3)には「蓄音機用レコードのレコードプレーヤー」と、同号9(同改正前は同号4)及び14(同改正前は同号9)には「磁気音声再生機用レコードのプレーヤー」と規定しているところ、一般的用語例としては、「レコード」とは円盤に音を音溝として外周から内周へと一連の渦巻状に記録したものをいい、「レコードプレーヤー」とは、レコード盤の再生装置乃至は録音された信号を再生するピックアップと円盤を回転させるターン・テーブルとモーターから成るとされており、円盤状の音盤を想定した用語として用いられていること、昭和五九年法律第一五号によつて新設された同号16には「録音用磁気テープ」という用語が用いられており、磁気テープを媒体として音を録音・再生する機械を「テープレコーダー」と一般に呼んでいるものの、録音済みの磁気テープを「レコード」と呼称することは、それほど一般化していないこと、磁気録音はテープだけでなく、円盤やシートにも用いられ、磁気音盤は、磁性体を塗布した円盤に蓄音機用のレコードと同様に外周から内周へ向つて螺旋状に音声が記録され、録音・再生は蓄音機用レコードのピックアップと同じ構造のアームの先端に設けられたヘッドによつて行われ、LPレコードと同じ毎分三三回転三分の一であつて、「磁気音声再生機用のレコード」とは一見これをいうかの如くみられないではないこと、磁気音声再生機に円盤式とテープ式のものがあり、物品税法は両方式とも課税物品としているが、このことは必ずしも「レコード」について円盤式のもののほか録音済みの磁気テープも含られることの解釈上の根拠とはならないこと、通達によつて示された解釈は、一応の行政解釈として意味をもつにとどまり、それが正しい物品税法の解釈の範囲内において示されたもののみが効力を有するにすぎないこと、法律の定めは、できるだけ明確かつ一義的であることが望ましく、著作権法二条一項五号が「レコード」について定義規定を設け、「蓄音機用音盤、録音テープその他の物に音を固定したもの」と規定し明確化しているのに対し、物品税法はこのような配慮を欠いていることなどを総合すると、録音済みの磁気テープ、すなわち本件のミュージックテープが物品税法の規定する「レコード」に含まれないとする弁護人の主張にも一応傾聴すべき点がないわけではない。

しかしながら、条文に用いられる用語は、その言葉の可能な意味の限界内にとどまるべきであるが、法の解釈は単なる文理解釈にとどまらず合理的解釈がなされるべきであり、物品税法一条別表第二種の物品一〇号の規定する「音響機器並びにこれらの関連製品」については、これらの製造業者が納税義務者となつているのであるから(同法三条二項)、右の機器・製品に関する物品税法の規定はこれら製造業者を名宛人とするものであつて、「磁気音声再生機用のレコード」の解釈については、これら製造業者の予測可能性の限界内のものであることを要するとともに、租税法の規律対象たる経済事象は、変遷発展が激しく、これら変遷に応じて課税の適正公平を期することもまた必要であり、本件においては音響機器並びにこれらの関連製品についての課税上の取扱の歴史的沿革・変遷・条文の改正経過等をふまえて実質的に検討して決定する必要がある。そして、物を指す場合の「レコード」という用語は、本来は「記録された物」「音を記録した物」をいい、その形状を問わないものと解せられ、その形状を特に問題とするときには、正確には「レコード」の前に円盤(ディスク)、円筒(シリンダー)、シート、テープ等形状を示す言葉を付することによりこれを明らかにすればよく、「レコード」の概念自体には円盤状の物しか含まれないと限定して解さなければならない必然性はないから、物品税法の規定する「レコード」の中に録音済みの磁気テープ、本件のミュージックテープも入ると解しても「レコード」という用語の可能な意味を超えた解釈とはいえない。そもそも音を記録することが発明された当初は円筒形の物に音溝を刻んでいたが、やがて平円盤に改良されてこれが広く普及する状態が続き、他の形状のものがいまだ普及するまでに至つていなかつたので、レコードといえば平円盤状の音盤を指すようになつたにすぎず、その後の技術の進歩で、再生を目的として音響を記録媒体に記録する方法として円盤に音溝を刻んで録音する方法のほか磁気録音、光学録音等が開発され、記録媒体の材質・形状にしても種々のものが研究・開発・商品化されて普及化するようになり、ことに磁気テープ録音は、オープンリール型のものからカートリッジ式・カセット式のものへと普及が進み、蓄音機用のレコードと競合するようになつて来て、蓄音機用のレコードを課税物品とし、録音済みの磁気録音物を非課税物品のままにしておくことは、租税賦課上公平を著しく欠くおそれも生じて来たことから、昭和四八年法律第二二号による改正法により、それまで非課税物品とされていた録音済みの磁気録音物を、蓄音機用レコードと同様課税物品にくみ込むことにしたのである(一〇号7)。そして、前記のとおり磁気録音再生機用の録音物には、テープのほか円盤のものもあるが、その普及の程度及び課税を公平にするという見地からみて録音済みのテープを非課税品のままとし、円盤式のもののみを課税品にしたとは到底解されない。そして、物品税法はテープ・円盤等形状により取扱いを異にするときは、これを明示していることからみても(例えば一〇号15の「円盤式映像プレーヤー用のレコード」)、形状に限定を付していない「磁気音声再生機用のレコード」についてはその形状のいかんを問わないものと解されるのである。なお、右一〇号7はその後同五六年法律第一四号による法改正により一〇号12に移され、さらに同五九年法律第一五号による法改正により、「蓄音機用、デジタル式の音声再生機用又は磁気音声再生機用のレコード」(一〇号12)と改められて現在に至つている。また、未録音の磁気テープ(生テープ)は従前非課税物品とされていたが、昭和五九年法律第一五号による法改正により新たに課税物品とされたものであり(一〇号の16)、「録音用の磁気テープ」とは、その文言からも右磁気録音テープに対する課税の沿革からも、未録音の磁気テープをいい、録音済みの磁気テープを含まないものと解すべきである。

以上みて来たところよりして、本件ミュージックテープは、物品税法一条別表第二種の物品一〇号12(ただし、昭和五六年四月三〇日以前は同号7)に該当するものというべきであつて、そのように解したからといつて憲法三一条、八四条に違反するものではなく、原判決の法令解釈適用に誤りは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官海老原震一 裁判官朝岡智幸 裁判官小田健司)

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